2024 年 4 月 18 日
iPS 細胞を活用した新たな個別化がん治療方法を
確立・普及するためのプロジェクトを発足
ーパナソニック社・シノビセラピューティクス社・京都大学 合同プロジェクト
大阪・関西万博までに試作機の完成を目指すー
パナソニック ホールディングス株式会社
シノビ・セラピューティクス株式会社
国立大学法人京都大学 iPS 細胞研究所
記事リンク:iPS細胞研究所プレスリリース
記事リンク:パナソニックHDプレスリリース
国立大学法人京都大学 iPS 細胞研究所(以下CiRA)、パナソニックホールディングス株式会社(以下パナソニック HD)、およびシノビ・セラピューティクス株式会社(旧サイアス株式会社、以下シノビ社)は、この度、共同開発契約を締結し、iPS 細胞を活用した新たながん治療方法の確立と普及を目指す「My T-Server プロジェクト※1」を発足しました。
がんは、体中の様々な場所に生じたり転移したりするため、切除が難しい上に、抗がん剤による治療も上手くいかない症例も少なくありません。ヒトの体の中では、こうしたがん細胞が日々生じていますが、これを探知し、取り除いている免疫細胞が存在します。その抗がん免疫上の重要なプレイヤーとして、T細胞※2があります。近年、がん細胞を探し出して攻撃するという能力を期待して、がん治療目的でT細胞を患者様の身体に移植する医療の実用化が進められており、血液がん分野ではキメラ抗原受容体※3導入T細胞製剤が実際に保険適用されるに至っています。こうした情勢下で、CiRAでは、がん細胞を攻撃する治療用T細胞をiPS細胞から大量作製しようという試みを進めて参りました。iPS細胞は、無尽蔵に増やせる他、様々な機能を追加したり強化したり除去したりする調製が簡単であるため、iPS細胞をT細胞へと分化※5誘導することで、より効果的な治療用T細胞医薬を、より安価に安定的に供給可能になることが期待されます。患者様に移植する治療用T細胞として、「自家※6移植(オーダーメイド医療)」と「同種(他家)※6移植」があります。「自家移植」は患者様自身の細胞からiPS細胞を作るために免疫拒絶の心配は少ない上に患者様の抱えるがん細胞に適したT細胞を作製できる利点があるものの、治療必要時にiPS細胞樹立から開始する(オーダーメイドである)必要があるために高額の治療費と長い準備期間を要する課題があります。一方、「他家移植」では、患者様本人ではない細胞からiPS細胞を作っておき、大量増幅後にT細胞へ再分化させたものを治療に利用します。他人の細胞を利用するため、治療必要時に既にあるiPS細胞を利用できて準備が早い利点がある一方、免疫拒絶が生じる可能性は否定できません。現在、これを回避するための様々な遺伝子改変※7が試みられています。また、作製したT細胞がどんながんを攻撃できるかは、使用したiPS細胞によって決まることから、患者様のがんに適したT細胞に分化できるiPS細胞が既に準備されている必要があります。本プロジェクトでは、これらの課題解決のために新しい治療方法として「個別化移植法」開発に取組みます。「個別化移植法」とは、患者様のがん細胞を攻撃するT細胞を患者様自身より取り出し、がん認識センサーであるT細胞受容体※8の遺伝子情報を既に準備されたiPS細胞に導入することで準備期間短縮を達成します。また、このT細胞受容体導入iPS細胞から大量に生産された治療用T細胞は患者様固有のがんを探し出すセンサーを備えるため、一人ひとりに個別化されたがん免疫細胞治療を繰り返し行うことが可能になります。
この「My T-Server プロジェクト」では、個別化移植における治療用T細胞製造プロセスを実行する専用機器「My T-Server」を開発し、機器設備及び治療用細胞準備における小型化・低コスト化・期間短縮を目指します。本開発プロジェクトには、CiRA 増殖分化機構研究部門金子新研究室、パナソニック HD マニュファクチャリングイノベーション本部、シノビ社による3社合同プロジェクト体制として取り組みます。具体的には、iPS 細胞を活用した新たながん治療方法を CiRA とシノビ社が共同で確立し、パナソニックHDを中心としたチームが本技術を活用した小型培養装置を開発します。本開発を通して、iPS 細胞からT細胞を製造する工程をあらゆる面から見直すことで徹底的なコスト削減と期間短縮の両方を達成し、この最適化された製造方法を簡易な操作で自動実行できる培養装置を作製し、医療機関内に設置できるレベルに小型・軽量化します。また、シノビ社は、自社の保有するEvade テクノロジー※9やKatana テクノロジー※10を駆使した低免疫原性かつ抗原特異性のない iPS 細胞を提供し、iPS細胞段階のみならず再分化したT細胞に対しても、患者様個別のT細胞受容体を導入するアプローチの検証を進め、より早期の全世界での商業化も視野に入れた開発に協力します。大阪・関西万博が開催される 2025年4月を目途に試作機完成を目指し、将来的には一般のクリニックでも導入できるように低コスト化・省力化した製品を提供したいと考えています。最終的には、診断・がんを攻撃するT細胞の採取に始まり、患者様に投与する治療用T細胞製剤の準備までが 一つの医療機関内で完結する という、夢の医療の実現により、再生医療社会創出を目指します。
このCiRA 金子研の免疫治療研究における最新成果を、
第16回 日本血液疾患免疫療法学会で公表します。
当日の一般参加も歓迎しています!
※本会は、日本血液学会血液専門医単位取得認定学会でもあります。
●テーマ:Exploring SDGs in Immunotherapy
●会長:金子 新(京都大学iPS細胞研究所教授)
●会期:2024年7月25日(金)~26日(土)
●会場:京都府京都市左京区吉田本町36「百周年時計台記念館」
●リンク:https://jsihd16.secand.net/
●事務局:京都大学 iPS細胞研究所 第3研究棟4階 金子新研究室
●連絡先:075-366-7167, jsihd2024@cira.kyoto-u.ac.jp
【用語説明】 1. My T-server 患者様の血液から取出したT細胞を使用して、がん治療に使用できる再生T細胞製剤の製造工程を、簡便な操作で実行できる小型自動培養装置。 2. T細胞(リンパ球) 血液に流れるリンパ球の一種。体内に侵入した微生物や、ウイルスに感染した細胞、がん細胞等を認識して排除する。1つのT細胞が認識できる分子は1つのみで、認識標的はT細胞毎に異なる。T細胞は全身を巡りながら、標的分子持っている細胞を見つけ、集まることができ、T細胞が標的分子に反応すると、自分(T細胞)自身の数を増やしたり、標的を攻撃する分子を分泌したり、他の免疫細胞を活性化させたりする。 3. キメラ抗原受容体 T細胞が持つ標的を認識するタンパク質(後述※8)の情報を下に、人工的にデザインされた標的認識用受容体(chimeric antigen receptor: CAR)。CARを介して標的を認識したT細胞は、通常のT細胞と同様に増殖やサイトカイン分泌活性化といった反応を示す。CARを遺伝子導入したT細胞をCAR-T細胞と呼び、血液がんに対して、非常に高い治療効果が報告されている。現在、複数の疾患に対し、複数種類の医療用CAR-T細胞製剤が保険適用されているが、いずれも1患者当り3,000万円を超える高額医療となっている。 4. iPS細胞 人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell; iPSCs)。成熟した細胞に対して山中因子を導入することで誘導される。殆どの系統の細胞に分化※5させることができる上に、ある条件下では、分化する能力を維持したまま大量に増幅することが出来る。iPS細胞を大量に増やした後に分化※5させることで、生体からは容易に得られないような細胞でも大量に取得することが出来る。通常、増殖性の高くない細胞であったり、人から採取した貴重な細胞とは異なり、1細胞からでも簡単に増やせるので、遺伝子を導入したり編集したりした際、一番上手く導入出来ている細胞だけを選んで増やすことが出来る(クローン化)。 5. 分化(細胞分化) 細胞の形や機能が、より特徴的なものへ変化していくこと。通常、細胞分化は、「その細胞がどんな細胞か」を決める設計図であるゲノム(DNA)の遺伝子スイッチをオンにしたりオフにしたりして生じるため、正しくスイッチの切替を実行するためには、体の中のような適した環境の中で、適切な段階を踏んでいく必要がある。T細胞分化は、一般的な血球の分化の中でも特に長い時間を要する。そのため、iPS細胞からT細胞を分化するには、さまざまな工程が発生し、それぞれに時間と費用が掛かる。 6. 自家・他家・同種 移植医療における自家とは、患者様自身の身体に由来する細胞のこと。これに対し、患者様本人以外のヒトの細胞を移植することを他家移植という。同種とは、同じ生物種(ヒト)の間で細胞などを交換すること。通常、自家と区別して、自分以外のヒトから得られた細胞を移植する場合を意味し、他家移植と同種移植は同じ意味として使われることが多い。 7. 遺伝子改変 人の手で、細胞の中にあるDNA(ゲノム)を操作し、遺伝情報を変化させること。様々な手法があるが、近年では、CRISPR/Cas9などを使用するゲノム編集技術が注目されている。 8. T細胞受容体 T細胞だけが持つ、T細胞が標的分子を認識するためのタンパク質。T細胞の表面に露出しており、これが標的分子と反応すると、T細胞の中に刺激が伝わり、免疫反応が引き起こされる。T細胞は、分化の過程で遺伝子(ゲノム)の組換えが生じているため、1つのT細胞につき1種類のT細胞受容体しか作り出せなくなっている。がんを攻撃するT細胞は、がん細胞の表面に露出または付着している分子と反応することができるT細胞受容体を持っている。また、現在薬事承認されているCAR-T細胞医薬におけるCAR※3も、このT細胞受容体を模して設計されている。 9. Evadeテクノロジー シノビ社の保有する免疫回避技術。患者様の体内に治療用細胞を投与すると、患者様が元々持っているT細胞を含む免疫システムによって、投与細胞が記憶されてしまう(免疫原性)ことがある。この場合、患者様体内の投与後細胞や、新たに投与する細胞は、速やかに排除され、薬効を発揮できなってしまう。シノビ社の開発したEvade技術を用いることで、投与した治療用細胞を、免疫細胞や抗体等を含むあらゆる免疫反応から回避させられると考えられている(低免疫原性iPS細胞の樹立)。これにより、治療用細胞の薬効を持続させ、繰返し投与が可能となった。 10. Katanaテクノロジー シノビ社の保有する標的を持たない(抗原特異性のない)T細胞をiPS細胞から作る技術。通常のiPS細胞から作るT細胞は、iPS細胞の時点で標的分子が決まっているが、Katanaプラットフォームでは、T細胞に分化させた後に望みの分子を標的とするT細胞受容体を挿入することができる。がん細胞は様々な遺伝子に異常が生じた結果として出現するため、同じがんでも患者様によって標的化できる分子が異なることが少なくない。この技術の利用により、患者様自身のがん細胞に特化した治療用T細胞製剤を、iPS細胞から簡単に作り出すことが出来る。
【問い合わせ先】
■国立大学法人京都大学 iPS 細胞研究所 国際広報室
E-mail: media@cira.kyoto-u.ac.jp
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■パナソニック ホールディングス株式会社技術企画室 技術広報担当
E-mail : crdpress@ml.jp.panasonic.com
■シノビセラピューティクス株式会社
E-mail : info@shinobitx.com